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札幌地方裁判所 昭和35年(わ)499号 判決

被告人 佐々木妙観

明四四・四・二四生 祈とう師

主文

被告人を懲役三年に処する。

ただし、この裁判が確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は夫佐々木観照とともに農業を営むかたわら、真言宗を信仰し、昭和一〇年ころ被告人宅横に真言宗国分寺派大本山に所属する観照寺という寺院を建てて以来、右観照、その子の佐々木観教こと佐々木日出男と同寺の祈とう師をしていたものであるが、昭和三五年八月二日ごろ、知り合いの札幌郡豊平町字真駒内玉川英輔から同人の妹宮本禎子(当時二七才)が精神に異常をきたしているのでその平ゆのため加持祈とうをしてくれと頼まれ、同日以後同女を被告人方に預つていた。ところが、同女が被告人の説法をきかず夜間外出したり獣のまねをするなどしばしば異常な言動に出るので、被告人は同女に竜神が乗り移つているものと信じ、同月六日夜来合わせた同女の母玉川テル、同女の兄玉川英三郎および前記玉川英輔に対し同女には竜神が乗り移つており、この竜神を同女から追い出さなければ同女は正気に立ちかえらないが、そのためには真言の加持秘法が必要であることを述べたところ、同女の異常な言動を目撃した右テルらもしだいに同女に竜神がついたものと考えるようになり、右加持秘法を行うことをやむなく了承するに至つた。そこで被告人は同女から竜神を抜くために真言の加持秘法として同女を殴打しようと決意し、前記佐々木日出男と共謀のうえ、同月七日午前零時ころから同日午前二時ころまでの間被告人方茶の間床板の上にいやがる同女を寝巻姿のまま仰向けに押し倒し、前記玉川テル、玉川英三郎、玉川英輔に命じて右日出男とともに同女の両腕などを押えつけさせて同女を動けないようにし、こもごも手拳で同女の胸部、両腕、両足、陰部等を数十回殴打し、そのため同女が失神するや竜神が同女から抜けたとして一たん殴打行為をやめたが、同日昼ころから再び同女の言動が異常になつたので更に同日午後八時ころから午後九時ころまでの間同所において同女を俯伏せに押し倒し、前記玉川英輔らに命じて日出男とともに同女の両腕、足等を押えつけさせ、その両足等を麻紐で縛るなどして同女を動けないようにしたうえ、長さ約五メートルの大じゆず(昭和三六年押第九号)を持ち出しこれを二つに折り曲げて長さ約五〇センチメートルぐらいのところを握り、念仏を唱えながらこれで同女の背部、腰部、両股等を数十回殴打し、前記各暴行により同女の全身に約六七個の打撲傷などの傷害を負わせ、よつて、同日午後九時ころ同所において同女を右傷害に基く皮下組織間の多量の失血のため死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件所為は宮本禎子の精神病を治す目的でなされた祈とう行為であつて治療行為としての性質を有するものであるから、正当な業務行為として違法性が阻却される旨、又被告人が本件加持祈とう行為をなすに際し被害者側の承諾があつたのであるから被告人の所為は違法性が阻却される旨主張するのであるが、前掲各証拠を総合すれば、なるほど主観的には被告人が治療目的のために本件所為をなしたことは認められるけれども、被告人が加持祈とうに際して判示のように手拳および大じゆずで宮本禎子の全身を相当強く殴打したこと、右殴打に際して逃れようとする宮本禎子を強制力をもつて動けないようにしたこと、右殴打行為により宮本禎子は全身にわたり変色する程の大打撲傷を負つたことなどが認められるのであり、いわゆる加持祈とう行為が何ら有形力を伴わない念仏の唱和に終始する場合は格別、病弱な婦女の意に反してその身体を押えつけ前記のような暴行を加えることにより宮本禎子の精神病が治ゆするという保障は現在の医学知識上認められないのみか、その行為は社会常識上著しく常規を逸脱し、身体に重大な損傷を与えることはもちろん、ひいてその死を来たすべき有形力の行使であつて現代社会においてとうてい治療のための行為として許容されるべき筋合いのものではない。したがつてまた本件においていわゆる被害者の承諾によつて行為の違法性が阻却される問題を生ずる余地のないことも右に説示したところによつておのずから明らかである。弁護人の主張はいずれも理由がない。

又、弁護人は、被告人は治療の目的で判示加持祈とう行為をなしたもので、その際このような治療方法が違法であるとの認識が欠けていたものであるから、故意を阻却する旨主張する。しかし前掲一および二の各証拠によれば、被告人が主観的に判示所為を宮本禎子の精神病平ゆの目的に出でた治療行為であると軽信した事実は認められるけれども、右各証拠によれば、被告人が判示暴行事実についての認識を有していたことが認められるから、よつて宮本禎子を判示のように死に致した本件所為について傷害致死の刑責を免かれない。弁護人の主張は理由がない。

なお、弁護人は、被告人は肉親者に依頼されて宮本禎子の精神病を治ゆしたい一念で興奮していたため、その加持祈とう行為に用いる有形力の行使の是非を弁別することができず、心神耗弱の状態で本件所為をなしたものである旨主張するが、前掲一および二の各証拠を総合すれば被告人が宮本禎子の精神病を治ゆしたい一念であつたことは認められるけれども、前掲一ないし五の証拠を総合して認められるように被告人が右加持祈とう行為をするに際し同女の肉親を説得していること、同女が失神すると被告人のいう加持行為(殴打行為)を取り止めるなどの判断に出ていること、同女が死亡したと認めるや直ちに善後処置を講じて自首していることなど、その犯行前後の状況等に徴すれば、犯行時被告人が心神耗弱の状態にまで至つていたものとは認められないのでこの点に関する弁護人の主張も採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二〇五条一項、六〇条に該当するので所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同二五条一項によりこの裁判が確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

(量刑の事由)

本件犯行の態様は宮本禎子が精神病者であつたとはいえ、判示のように病弱の同女を押えつけてその全身をところかまわず殴打し、その結果死亡させたものでその行為は野蛮でかつ悲惨である。加えて、被告人は昭和一〇年以来寺院を建てて真言宗を信仰する門徒で、被告人の人徳をしたう信者が約千名以上もあることと、いまだ迷信などを妄信する人びとの比較的多い山村で生じた事案であることを考えれば、一般予防の見地からもその罪責は重いといわなければならない。しかし、被告人の現在までの生活、家庭環境、性格などを考えれば、被告人自体にそれほど反社会性は認められず、むしろ日ごろの平穏な信仰生活の故に近隣の信望と尊敬を得ていた実情にあり、前掲大じゆずを用い現代の医学常識を著しく離れた加持行為に出たことは今回が初めてであつて、本件犯行の動機も被害者の兄玉川英輔の懇請によるものであり、本件犯行に被害者の肉親も共同加功している点および被告人はいわゆる邪教の盲信者ではなく、かつ、自己の信仰する宗教をむりに他人に押しつけた結果生じた犯行でないこと、被告人自らも本件加持行為が失敗であつたことを卒直に認めて敬けんに反省していること、その他本件審理に現われた諸般の情状を考え合わせれば、被告人を前記のごとき刑に処し、その執行を五年間猶予して死亡した宮本禎子のめいふくを祈らせつつ信仰と奉仕の生活を営ませることが相当と認められるのである。

(裁判官 相沢正重 寺沢栄 荒木恒平)

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